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太々神楽について

【武田克忠・著/「太々神楽十二舞」より抜粋】

赤塚神社の太々神楽は、出雲流の太神楽十二舞いは崇敬者によって、無形文化財として現在に伝えられている。

伝承によると、明治初期、京都から潟東村番屋大原を経て、赤塚に移入してまとめられたようである。

舞楽と十二舞とが年をおって修練され、近郷の太々神楽(里かぐら)として宮司真田家の庇護のもと、今日に至った。

 

○奉納の順序(2009年現在は少し違います)

奉幣・・・舞始めに舞殿や四方を修祓(しゅうばつ)する。

一、天の浮橋 =国生み、鎮護の鉾、鉾舞、大舞

二、榊舞 =さかき-まい、四方舞(稚児舞い)

三、海神 =かいじん、竜神の舞

四、小刀 =太刀舞=たち-まい(稚児舞い)

五、神伊佐美 =かみいさみ、天宇須女命、鈴舞

六、花献 (稚児舞い)

七、久奈戸 =くなど、醜女

八、末広 =扇、羽返えし(稚児舞い)

九、鏡造り =両鏡、盆舞い

十、恵比寿舞 =事代主命=ことしろぬしのみこと

十一、子弓遊び =弓舞(稚児舞い)

十二、大黒舞 =大国主命=おおくにぬしのみこと

 

*****

稚児舞いは子供4名で踊るもので、2009年現在は行われていません。

現時点では以下のようになっています。

 

一、榊舞 =さかき-まい

二、天の浮橋

三、海神

四、刀舞い(一刀舞い)

五、神伊佐美(鈴舞い)

六、刀舞い(二刀舞い)

七、久奈戸舞い

八、鏡造り(盆舞い)

九.恵比寿舞い

十、翁の舞い

十一、大國舞い(大黒舞い)

 

二人舞いもあるのですが、楽人が少ないため、すべて一人舞いで行われています。

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